要するに死亡率99%の短篇作品集です。



 天候は快晴──時々、蝉時雨。

 幼い時分より“蟲”を嫌悪していた私は、頭上でじりじりと喚くそれらが不愉快でならなかった。

 生命を擦り減らして喚き、生殖して死んでいく。種の保存活動の為だけに存在し、個はもちろん、感情すらもたない下等な生物。まるで、どこぞの國の“女”のよう。
 嫡男として生まれた私には、終生尽きるまで解(げ)することのない“女”の気持ち。とは言え、理解に努めようという気概は些かもない。何故なら“あれら”は如何にも恐ろしいのだ。

「お隣り、宜しゅうございますか?」

 陽に眩んだ時に似た、視力を奪う白。肌と呼ぶには酷く病的な色を纏う女が其処にはいた。

「えぇ、どうぞ」

 茹だる身体を休める為に身を置いていた、さして涼しくもない木陰。けれど、女が隣りに腰を下ろした瞬間、一帯に冷水を打たれたような肌寒さを感じた。
 心なしか、頭上の喚声も鳴りを潜めたような気がする。

「蛾は、何処へ往きましょうか?」

 女が言った。
 あまりに唐突で困惑したが、女の前に転がる蛾の死骸が視界に入った。蟻に群がられ、触覚と翅をもがれ、芋虫のような姿になった蛾の骸。
 これを見て言ったのだろうが、その旨を解することはできなかった。無論、私に“女”の思考など解るわけがない。

「火に入りし蛾は、身を焦がして何処へ往きましょうか?」
「はて……、私には自ら灰になる蟲の考えは解りかねますな」

 自ら災禍に身を投じる姿など、滑稽なあまり憐憫に思う。何とも浅はかで酷く惨めである。

「やはり、愚かしく感じなさるか」
「……」
「私が蛾ならば、必ず核(さね)まで辿り着きます。業火に焼かれ、蟻に喰われようと、燦々たる最奥に私は必ずや辿り着きましょう」

 今まさに核へ往かんが如く、女の眼は爛々としていた。蒼白の肌は微かに血の気を帯び、生温い風には純白の裾がふわりと靡く。

「蝶は偽り──上辺の飾りで騙せていたと、彼は私を嘲笑いましょう。哀れにはございますが、どちらが真の嗤い種かを説く術は私には最早ありませぬ」
「何を仰──」

 蝉時雨を掻き消す突風が、私の言葉も掻き消していった。
 伏せた視界に滑り込む、白い粉。光に煌めく粉を目で追った後、隣りに視線を戻すと其処に女の姿はなかった。

「鱗粉が……逝く……」

 生温い風とともに線香の香りが漂ってきたかと思えば、遠くに仰々しい葬列が見えた。そういえば、下人共が不貞な噂──と或る旦那が新しい正妻を迎えるが為に奥方を殺した──をしていた気がする。

 旦那と見受けられる男は、亡妻のものであろう蝶が描かれた着物に縋り付き、おいおいと声を上げている。しかし、その鰥(やもお)の目からは一向に涙が現れる気配がない。どうやら、下人共の噂はあながち間違っていないらしい。
 ふっ、と私が唇を湾曲させて葬列を見ると、あの鰥の周りを白い蛾がひらひらと舞っていた。

 陽に眩んだ時に似た、視力を奪う白。蟲でありながら、私に嫌悪を感じさせない蒼白の身体。
 ぞくり……と、例の冷水を打たれたような肌寒さが脳天から爪先へ抜けていく。

 蛾が翅を上下する度、私が先程見たような鱗粉が散った。鰥がこれを払って離れるのは寸陰で、蛾は幾度も彼に纏わり付く。
 いたちごっこのようなことを幾らか重ねた後、鰥は遂に蛾を叩き落とした。

 鱗粉を大量に散らして地に堕ちていく蛾。それと同時に鰥が藻掻き苦しみ、自らが叩き落とした蛾の傍に不様に崩れた。
 不意の出来事に騒然となる中、葬列の後方から女が飛び出してくる。あれが次期正妻の女なのだろうか、歳は若そうだが別段綺麗ではない。
 彼女は死に瀕する鰥に駆け寄ると、喚きながらその肩を揺すった。だが、鰥の反応はなく、美しさだけが取り柄の着物は無残に泥にまみれている。

 “蟲”は、個はもちろん、感情すらもたない下等な生物。まるで、どこぞの國の“女”のように浅はかで、酷く惨めで憐憫。
 ただ、蠢く百匹の毒蟲より呪いは造られると聞く。毒蟲が毒蟲を喰らい、最後の毒蟲は相手を死に至らしめる程の呪いを持つ。これは恐らく、生き様が似通う女にもいえること。

「……げに恐ろしい」


夢の中 君に邂逅
陽の下 君を葬送


FIN.


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