要するに死亡率99%の短篇作品集です。



 生命が枯れていく宵闇に紛れ、今日も俺は酒を煽る。どんなに不味い安酒でも、全身を廻る血液に溶け込んで脳を麻痺させたらば、この糞みたいな人生も少しはマシに感じられる。

「その糞みたいな人生も終いです」

 ふと気が付くと、其処は先程まで俺がいた寂れたパブのカウンターではなくて。見覚えのある仏頂面が冷ややかに俺を見下していた。

「やあ、久しぶり」
「ええ。二度目の人生は如何でしたか? ……などと、訊くまでもありませんが」

 俺は決して敬虔なクリスチャンではなかったが、立派な髭を蓄えたこの老いぼれのことはよく知っている。俺が一度目の死を迎えた際も此処にいて、俺を地獄へ突き落とそうとした張本人。天国の門番。俺の嘘に騙されて俺を甦らせた大間抜け。
 そんなボケたジジイ曰く、俺は何処ぞで買った恨みによって殺され、死を実感する間もなくあの世へ来てしまったらしい。

「酌量は不要。貴方は地獄行きです。彼方の門を叩きなさい」

 露骨な嫌悪感と軽蔑を示す老いぼれは久闊を叙することもなく、二度と俺の言葉に耳を貸すまいと早口で捲し立てて漆黒の門を指差した。その形相は恥辱と憤怒を湛え、聖人にはあるまじき凶悪な面構え。
 シッシッと薄汚い野良犬を払うような仕草に追い立てられ、「いずれ地獄に堕ちることはわかっていたさ」と肩を竦めながら、俺は漆黒の門前に立ってこれをノックした。地獄の様子が窺える悪趣味な門扉が僅かに開くと山羊の蹄が鳴り、またしても見覚えのある顔が、今度は哀れむようにして俺を捉えた。
 そして、腹の底にずっしりと響く嗄れた声は言う、

「我は貴公の魂を奪わぬと、貴公に我は誓わされた。故に我は貴公の魂を奪わない。よって貴公はこちらへ立ち入ることは敵わない」

 ──と。
 生前、俺の魂を二度も奪おうとした悪魔がいた。そう、今俺の目の前にいるコイツだ。無論、二度とも悪魔を追い払えたからこそ何処の馬の骨とも知れないヤツに殺されたわけだが、その因縁浅からぬ悪魔が今更になって俺の魂を奪わないと吐かしやがる。

「じゃあ俺はどうなる? 生き返るのか?」
「いや、天国へも地獄へも逝けぬ貴公は未来永劫、孤独と後悔に苛まれながら地上を彷徨うこととなる。それだけだ」
「それだけって何だよ! 閉めるな、待て!」

 この門を閉められたが最後、俺は悪魔の言う通り未来永劫あてもなく彷徨うことになる。地獄に堕ちる覚悟はして来たんだ。地獄に堕としてもらわなければ困る。誰に気付かれることもなく、暢気に浮いているだけなんてごめんだ。それだけは絶対に嫌だ!
 閉まりかけた扉に触れると、灼熱の炉に手を突っ込んだかのような激痛が掌に走った。思わず手を引っ込めると、扉には灼け落ちた俺の皮膚がくっついている。悪魔は相変わらず哀れむような目付きで俺を見遣り、溜め息を一つ漏らした。

「いつの世も人間は傲慢で狡猾で、然れど浅はかで愚かしい。貴公は我を上手く出し抜いた気でいたのだろうが、悪魔と契約を交わすことが何たるかをもっと深く考えるべきだった」
「……な、なあ、冗談だろ? あのときは俺が悪かったよ。だから──」
「哀れな貴公には地獄の炎が宿りし石炭を一つくれてやる。さあ、何処へなりとも行くが良い」

 重厚な漆黒の扉はそれっきり、二度と開くことはなかった。
 生命が枯れていく宵闇に紛れてしまった俺を恨む者も、蔑む者も、哀れむ者ももういない。俺の存在を知る者はもういない。足元に投げ落とされた石炭は赤く色付き、絶望に凍える俺をじんわりと温めた。

Trick or Treat
宵闇を彷徨う提灯
悲哀なる地獄の種


FIN.



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