要するに死亡率99%の短篇作品集です。



“此処には何もない”

 そう言って故郷を飛び出し、がむしゃらに働いてきた幾星霜。盆と正月が近付く度、母親からは「いつ帰って来るの?」と帰省を催促された。けれども、仕事だの何だのと理由を付け、結局一度も帰省していない。
 ──当然だ。何もない片田舎に嫌気が差して出て行ったのだから、わざわざ戻る理由もない。

 その俺が今、帰省の途に就いている。

「おかえり」

 出迎えたのは父親だった。驚いた。
 俺の記憶にある父親は言葉より手が先に出てしまうような乱暴者で、母親にあれこれ注文を付ける亭主関白で、でも何よりも家族を大切にする屈強な男。まさしく大黒柱そのものだった。しかし今は見る影もなく。
 弟夫婦に子供が生まれてから丸くなったとは聞いていたが、そんな程度ではない。髪には霜が降り、顔や手には皺が刻まれ、腰も曲がりつつある。身体は痩せ細り、貧弱というか衰弱というか、とにかく決して屈強ではない。

「た、ただいま……」
「荷物、部屋に置いて来なさい」
「……ああ、うん」

 と、頷いてみたものの。
 俺の部屋など今や物置と化しているに違いない。そう思いながら、かつて自室として宛てがわれていた部屋の扉を開けた。

「………」

 そこは確かに俺の部屋だった。
 何一つ変わっていないどころか埃の一つだってない。例えるならばそう、ついさっきまで俺がいたかのような、そんな具合だ。

「母さんが掃除してたんだよ、お前がいつ帰って来てもいいように」

 背に刺さる父親の声。
 手から滑り落ちる荷物。
 喚きながら駆け出した俺。

 おそらく母親がいるであろう部屋の襖を乱暴に開けると、部屋にそぐわない大きな桐箱が畳の上に鎮座していた。
 恐る恐る、それでいて性急に近付くと、桐箱の中身は俺の許しを得る間もなく視界に侵入してきた。中身は知っていたが、いざ目の前にすると平常心を保ち難く、

「母さん……、母さんっ!」

 立っていられなくなった俺はその場に膝を折ると、硬く瞼を閉ざす母親の肩を揺さ振った。

「あんなに……、あんなに帰って来いって言ったくせに何寝てんだよ? なあ、母さん……。母さんってば!」

 どうして気が付かなかったのだろう?
 ──此処には何よりも大切なものがあったことを。

「一昨日くれたメールで待ってるって、待ってるって言ってたじゃないか……」

 ヒトがいつ死ぬかなんて誰にもわからないというのに、こんな日が来るのはずっとずっと先の話だと思い込んでいた。かけがえのない存在だからこそ、失うことなど予想だにしていなかった。

「ごめんな、母さん……。俺、まだ返信してなかったよ……」

「ただいま」
メールの送信が完了しました

FIN.


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