要するに死亡率99%の短篇作品集です。
「死にたい」
予てより自殺を仄めかしていた男は果たして、今日も朗らかにそう嘯いた。
対して、彼の口癖にほとほとうんざりしていた女は遂にこう尋ねる。
「どうしてそうも死にたいの?」
傍目には身体的に参っている様子も、精神的に滅入っている様子も見て取れない。それどころか、順風満帆を絵に描いたように生きる男である。
そんな彼が死にたがる理由は? 俗に言う“成功者”の彼を羨望する彼女にはとんと見当もつかない──からこそ尋ねたのだが。
「どうして? 可笑しなことを訊く」
あたかも「死にたい」と思うことが至極当然であるかのように、彼は吃驚を露にした。
大きく目を見開いて、慈しみに細め、くつくつと嗤う。それがひとしきり済むと、鋭利な視線が女を捉えた。
「まあいい。それはね、生きることほど意味が無いものは無いからさ。考えても御覧よ、昨日と然して変わらない今日を生きて、それを何年、何十年と繰り返して最後に何が残る? 何も、だよ」
夏の陽射しを反す黒御影を背に、男はそう答えた。
そのバックグラウンドの所為か、彼の言葉には言い知れぬ説得力がある。
「生きるためには衣食住が、衣食住のためには金が、金のためには働く必要がある。では、生きる必要は? 何のために生きる必要がある?」
「………」
女が咄嗟に答えられずにいると、男はふっと息を漏らして目を伏せた。
それから柄杓と手桶を携えて彼は笑う。誰に対しての言葉か知れぬ「気にしないで」を吐いて、彼は柔和に笑った。
「誰もが何のために生きるかを知らずに生きている。つまるところ、生きる意味なんて無いのさ」
くるりと踵を返して、さっさと数歩前を行く男の背中を見つめながら、女は後ろ髪を引かれる其処を後にした。
類似する花崗岩が数多く並ぶ場所で、己の死生観を高らかに語る男。彼の辞書に“縁起”という言葉は記載されてないのだろうか?
而して、彼の高説は更に続く。
「それでも僕が生きているのはね、日々に些細な幸福が絶えないからだ。すっきり目覚められた、ごはんが美味しかった、夕焼けが綺麗だった、……なんて具合に」
はたと歩みを止め、ふと空を仰いだ男は「入道雲なんて久しく見てなかったな」と感慨深げに呟いた。
ちょうど霊園から下る階段の手前。女の眼前には、視界いっぱいに広がる青空と此方に向いた男があった。
男は微笑んで言う、
「今日も死にたいが今日は特に死にたくない。何せ君といるのだから」
──と。
あからさまに困惑を湛えた女は、親指に嵌めてすら緩い指輪をなぞりながら目を伏せた。
「でも、私……」
「存じておりますとも。だから僕は死ぬのだ、この涙が落ちる前に」
左手の親指と薬指に嵌められた揃いの指輪を外さない時点で明白。
男は石段を蹴ると、入道雲を仰いで宙に沈んで逝った。
お墓参り
竹馬の友情 逐電の恋情
FIN.
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