要するに死亡率99%の短篇作品集です。



 午前6時38分、ダイニングテーブルに主人が座った。今日の朝食は白米とお味噌汁、大根おろしを添えた焼き鮭に中華風酢の物、そして私がはじめて漬けたお漬物である。

 今朝のお味噌汁はお豆腐とわかめと油揚げが入った定番もの。主人は熱さに顔を歪めながらも汁を啜り、具を箸で掬い上げるようにして食べはじめた。麺を啜っているようなズズズッという音とクチャクチャという咀嚼音はもはや生活音。不愉快だけど。
 汁ものを食べたあと、主人は決まってお椀の淵で箸を軽く叩いて汁気を飛ばす。おかげさまで拭いたばかりの卓上には数滴の飛沫。これも不愉快。

「ねえ、あなた。あなたの好きな小粒納豆がありますけど召し上がります?」
「ああ」

 納豆に醤油を垂らし、付属の辛子を少し足して掻き回す。無造作に置かれた辛子の袋。はみ出した辛子がまたしても卓上を汚している。さらに不愉快。
 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃとしつこいくらい掻き回し、立ちのぼる湯気を遮るかのように白米の上に納豆を掛ける。そうして、その一角を箸で崩して口へ運ぶのだけれど、米から滑落した納豆は見事に卓上へ。これに気付いているのかいないのか、主人は宙を漂う納豆の糸をくるくると箸で絡め取ってねぶり箸。輪を掛けるように不愉快。
 ふと、不愉快な咀嚼音が鳴りを潜めたかと思って見れば、主人は口の中に指を突っ込み白米か何かの欠片がついたホネを取り出した。焼き魚を食べれば身を飛び散らし、中華風酢の物を食べれば春雨を啜って飛沫を卓上に叩き付ける。甚だしく不愉快。

「先日、お義母様に教えていただいて沢庵を漬けてみたんです。ほら、あなた沢庵がお好きでしょう?」
「ああ」

 美しい黄色に染まった沢庵は我ながら上出来。それを目前に置くと、主人は何の躊躇いもなく箸を突き立てた。箸は沢庵2枚を貫通。私の自信作は様々な食べ物が混在し、もはや味の識別が適わない咥内へと運ばれて行った。これ以上ないくらいに不愉快。
 喧しい窓外の雀、BGM用のテレビ。どの雑音よりも耳障りで、どの光景よりも目障りな主人の食事風景。言うまでもなく不愉快。
 ズズズッ、クチャクチャ。ネチャネチャ、クチャクチャ。ポロポロ、クチャクチャ。ガリガリ、クチャクチャ。それはとても日常的で、ごくごく有り触れた、ひどく不愉快な日課。ネチャネチャ、クチャクチャ。ポロポロ、クチャクチャ。ネチャネチャ、クチャクチャ。ポロポロ、クチャクチャ。不愉快で不愉快で堪らない気持ちは私の許容量ぎりぎりまで溜まっていて、いつ臨界点を突破してもおかしくない状態だった。ズズズッ、クチャクチャ。ネチャネチャ、クチャクチャ。ガリガリ、クチャクチャ。結末はそう、何度も踏み止まっていたからわかってる。ネチャネチャ、クチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャグサッグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグ──……。

「12位はごめんなさい、蠍座のあなた! 隠し事がバレて周囲に非難されそう。疚しいことはしないでね。そんな蠍座のラッキーアクションは、おうちの大掃除! それでは、今日も元気にいってらっしゃーい!」

 お味噌汁を啜りながら、テレビの音を聞き流す。いかにも平穏で、いかにも静穏な朝食風景。目前の椅子が血まみれで、細切れの生ゴミが床に転がってさえいなければ、普遍で普通な普段と何ら変わらない。
 ちょうど今日は燃えるゴミの日だし、今日のラッキーアクションは家内の大掃除だもの。この汚らしい可燃物も棄ててしまおうかしら。

「嗚呼、美味しい」


最下位からの大逆転

FIN.


BOOKMARKBACKNEXT


⇒作品艫激rュー
⇒モバスペ脾ook
TOP