僕等が生きる世界は、不条理で溢れている。
実存主義であれば尚のこと。将来の夢だの希望だの、実現するかわからない不確かなものを饒舌に語る様は滑稽でしかない。
受動的に追い迫る日常をこなし、過ぎゆく時を眺めるだけ。生に楽しみを見出だすことは難儀で、死に逃避を見出だすことは難くない。
「うわアああアアあアアアあああ!!」
突如として奇声を上げた男は、陽光に煌めく何かを持って人集りに乱舞した。その何かが何かを僕は、否、僕だけではない。此処にいる誰もが知っていた。
ただ、それはこれに使われるものではなくて。正しくは僕等が生きていくために使われるのだが、男は僕等を死に追いやるために用いていた。
悲鳴と怒号の中、俺を死刑にしろという絶叫が聞こえた。それは、己で己を手に掛けられない男の渇望。死への執着。
生来、人間が持ち合わせる恐怖という感情は、男にとっては願望の障害でしかなくて。だからこそ死刑は恐怖から己を逃さない手段なのだろうが、それがために他人を犠牲にすることは不条理にも程がある。
冷眼を向けると、男と目が合った。
「お前も俺が死ねばいいと思ってるんだろ! 死刑になってやるから、俺が死ぬためにお前も死ね!」
不条理な持論のあと、男の狂気は僕の腹に刺さった。
生に楽しみを見出だすことは難儀で、死に逃避を見出だすことは難くない。だからといって、受動的に追い迫る日常をこなし、過ぎゆく時を眺めることは安逸か? 死刑志願者に殺されるような犬死にが逸楽か?
否。能動が、滑稽なまでの正義感こそが安楽の場合もある。そう、特に今は。
男が抜くよりも早く、僕は柄を握って狂気を遠くへ放り投げた。お陰で出血は多量。言いようのない寒気が腹から全身に伝ってゆく。
そうして、狂気を失い正常に戻る男を冷ややかに見下しながら、僕は緩やかに闇へと沈んで逝った。
朝開暮落
僕等が生きる世界は
不条理で溢れている
FIN.