要するに死亡率99%の短篇作品集です。



 仰向けに寝転べば、此処はまるでびいどろ鉢の底。頭上を泳ぐ金魚に、わっちはやんわりと目を細めた。
 素赤の丸々とした体躯と、肉瘤に覆われた頭部。御世辞にも上手とは言い難い游泳姿は、それでも魚かと嗤ってしまいそうになる。けれどその脇を優雅に泳ぐ蝶尾は美しく、真下からは自慢の尾鰭が見事に窺えた。

「だらしないねえ、きちんとおし!」

 いつ現れたのか、遣手の婆(ババア)は此方を見て声を荒げた。

「客前ではきちんとしてる。今とやかく言われる筋合いはないね」
「口は災いの元だよ、利き方に気を付けな。それとも折檻されたいのかい?」
「格子なんだから大目に見とくれよ」

 わっちは煙草の煙を婆に吹き掛けると「ね?」と愛らしく首を傾げてみせた。大抵の男はこれで破顔するのだが、噎せた婆は此方を睨むだけ。
 見世の奴はどれもこれも戯れのし甲斐が無い。これに至っては鬼婆に変貌するしか芸がない。まあ、これはこれで面白いけれど。

「ほら、頼まれもんだよ」
「ありがとさん」

 窓外の青に消えていく金魚共を尻目に、わっちは干からびた二種類の葉を混ぜ合わせた。これが最近のお気に入りで、逸る気持ちが火皿に葉を詰める作業を難航させる。
 ようやく火を点けた折には、吸い口に紅が付くのも構わず吸引した。

「嗚呼……」

 初めて味わった日から忘れられない快楽は、どの男に抱かれても得られなかったそれで。後に待ち受ける苦痛などどうでもよくて。ただ、この快楽が欲しくて欲しくて堪らなかった。

 ──にも関わらず。

 ふわふわした多幸感は突然に、そして一瞬にして、わっちの脳内から姿を消してしまったのである。

「あ……っ、あああアあアアああ!?」

 肺に空気が入らない。苦しい。苦しい苦しい。空気を吸えない。どうして? 怖い。辛い。呼吸が、出来ない。

「効き過ぎたかねえ?」

 顔を上げると、三白眼の小さな黒目が此方を向いていた。

「お前さんが足抜けの手引きをしていたとは思わなんだ。そんな裏切り者、折檻する価値もないさね」

 婆と入れ違いに、外を游泳したのであろう蘭鋳が障子戸から入って来た。一所懸命な游泳姿は相変わらず滑稽なのだけど、この酸欠では嗤えそうもない。

 ぱくぱくと口を開閉する様はわっちとお揃いで、肉瘤に埋もれ掛けた目は哀憐に濡れていた。


そんな目で見るのは止しとくれ。

FIN.


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