昔から、屋上を囲うフェンスの向こうに興味があった。
フェンスという安全を欠いた時、景色はどう変わるのか。フェンスに遮られていない空は、世界は、どんな風に広がっているのか。
「で? 感想は?」
意を決した正午──までは良かったが、フェンスは一人で容易く越えられるような代物ではなかった。そこで手を貸してくれたのがちょうど屋上にいた、今感想を求めてきたコイツだ。
「何というチンサム!」
「恍惚なカオするな変態」
フェンス越しではない空はより広く、それでいてより近くにあった。
地上から十数メートル。空に近付いたというには烏滸がましいが、俺は満足して空を仰いだ。
が、次の瞬間。
もたれていたフェンスが激しく揺れた。というか揺すぶられた。
反動で身体は宙を泳ぎ、股──ではなく、又とないチンサムが局部はおろか全身を這った。咄嗟に手を伸ばして縁(へり)に掴まることは出来たが、身体が宙に放り出された現状に変わりはなく。
「直ちに助けろ。殴るのはその後だ」
俺の生命は今、文字通りこの手に懸かっていた。けれども、腕が伸びきったこの状態では体重を持ち上げることはおろか、状態を維持することすら難しい。
「何で? 君が“向こう”に興味あるって言ったんだよ? そっちに逝く手伝いをして欲しいって」
確かに3メートルを優に越すフェンスをよじ登る為、コイツに肩車してもらっ……ちょっと待て。
「逝くの表記おかしくね!? つーか自力でフェンス越えられねぇじゃん! とりあえず助けろ! 助け呼んで来い!」
「無理。だって俺死んでるし、地縛霊だから屋上から離れられない」
ホワッツ?
「死ん、で、る?」
「そ。俺ユーレイ」
ユーレイ(自称)は満面の笑みを浮かべて頷いた。
腕が、手が、指が疲労を訴えて震え出す。俺もヤバいけどコイツの頭は相当ヤバい。邪気眼とか言い出したらどうしよう。
「そんな喜色満面ユーレイいてたまるか!」
「そりゃ喜色満面にもなるよ、トモダチが増えるんだから」
ユーレイ(自称)はフェンスをすり抜けると、躊躇なく屋上の縁を飛び出し、俺の真横に立った。いや、正しくは浮いていた。そう、ヤツは飛行ではなく浮遊していたのだ。幽霊だけに。どうでもいいから落ち着け俺。 とにかく、コイツはガチでリアルに幽霊をやってるらしい。あ、やってると言うと職業みたいだがもちろん違う。落ち着け俺、今はそこじゃねぇ。そういえば俺怖いもん苦手だった。これも違うか。
「そういえば俺のこと肩車したよな? 実体あったよな?」
「ユーレイの本気」
「すげぇなオイ」
ドヤ顔やめろ。
とはいえ、実体になれるなら俺を引き上げるのも可能なんじゃ……?
「あっ!?」
手が滑った。俺がああだこうだくだらないことを考えている間に筋力は限界を迎えていたらしい。
其処は掴むものもない宙の真っ只中。もはや落下以外、俺に為す術はなくて。
「ようこそ、此方へ」
最期に聴いたのは、胸糞悪い歓迎の言葉だった。
隣の空は青い 憧憬は時に後悔を孕む
FIN.
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