要するに死亡率99%の短篇作品集です。



 磨り硝子から差し込む西日は、刃に反射して煌めいていた。少し錆びはじめた剃刀を、私は今日も手首に添える。
 そういえば、これを始めたのは去年の今時分だったろうか。畳が夕陽に染まっていた記憶がある。

 私は、閉じ込められた襖の向こう──白粉の匂いが充満する部屋のひとに殴たれて育った。私の目が蒸発した父親に似ているから、子持ちと知って男に逃げられたから、存在が疎ましいから。その理由は違えど、母は決まって最後にこう言った。

「あんたなんか生まなきゃ良かった」

 私は泣き崩れる母に謝り、そして神に願った──神様、もし生きていること自体が罪ならば、どうか私を裁いて下さい。どうか私を殺して下さい──と。けれど、この願いが叶うことはなく、神への期待は失せていった。否、元より神に抱く期待などない。母の中に私の生命を宿した時点で、神は自ら信用を失っているのだから。
 これに気が付いた私は、神が殺してくれないのなら自分で死のうと去る年に母の剃刀を手に取った。あれは殆ど発作的な行動で、気が付けば手首に添えた剃刀を引いていた。
 傷口からぷっくりと滲み出る血。じんわりと白い肌を染めていく赤黒い血。それはぱたぱたと渇いた藺草に落ちていった。

「……いつになったら死ねるの?」

 結局、私は死なずに生きている。
 私を生かそうとする神の加護? ──今さら余計な世話を焼く。貴方の名誉も信用も、私の中ではもう回復しないというのに。
 神の所為にしてはいるが、私が生きている理由はとっくに気が付いている。死を欲する私と死を畏怖する私が拮抗しているから、自傷はできても死ぬことはできないのだ。
 この拮抗が決着したら母とはお別れだ。未練はないが、強いていえば大した愛情を貰わないでしまったな……。
 剃刀を引いた瞬間、今までに見たことのない鮮やかで真っ赤な血が、それも勢いよく噴き出してきた。どうやら、誤って動脈を切ってしまったらしい。
 止めどなく溢れる血は美しく、鼓動は今までにない激しさで脈を打つ。私は傷口をうっとりと見つめ、力の入らなくなった四肢をだらしなく投げ出した。

 神様、ようやく裁きをお下しになったのですね……。


上手に愛せなくてごめんね。

FIN.


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